仏教から導く幸福法

【仏教ってなに?】「信じる」についてのユニークな考え方

コトノリョウジン

仏教の観点からの学びを織り交ぜ、今を幸せに生きるための智慧を分かち合う場所にしていければと思っております。

そもそも仏教ってどんな教え?

仏教って宗教なの?それとも哲学なの?
と疑問に思われる方も多いです。
実は、これはとても難しい質問です。

お寺に行けば、人々が仏像に手を合わせてお花をお供えしています。
でも、仏教の教えを深く読んでみると、人生について深く考える「哲学」のようにも見えます。
さらに、実際に瞑想や善い行いをやってみると、それは「生き方そのもの」になります。

つまり、仏教は一つの言葉では言い表せない、とても奥深い教えなんです。

 

仏教の教えをざっくりまとめると

仏教の教えをシンプルにまとめると、次の四つになります。

一つ目は、「人生には思い通りにならない苦しみがある」ということ。

二つ目は、「その苦しみは、あれが欲しい・こうなりたいという欲から生まれる」ということ。
三つ目は、「その欲を手放せば、苦しみは終わる」ということ。
四つ目は、「苦しみを終わらせるための具体的な方法がある」ということです。

この四つが、仏教のすべての土台になっています。

 

仏教の「信じる」は目をつぶることじゃない

「信じる」と聞くと、「とにかく何も考えずに信じる」というイメージを持つ人が多いです。
でも、仏教での「信じる」は少し意味が違います。

ブッダは、ただ何も考えずに信じること、つまり「盲信」をすすめませんでした。
根っこのない信仰には意味がないと考えたんです。
根っこがなければ、木は倒れてしまいますよね。
信じる気持ちも同じで、自分の体験という根っこがなければ、本当の強さにはなりません。

ブッダはこんなたとえを使いました。
「信じる心は種のようなものだ」と。
種をまいただけでは花は咲きません。
水をやり、土を耕し、太陽の光を当てて、はじめて花が咲きます。
同じように、信じる心も日々の実践や学びと合わせてこそ、本物になるんです。

 

自分の目で確かめることが大切

もう一つ、わかりやすいたとえがあります。
真っ暗な部屋にいるとき、一瞬だけ稲光が走って、目の前に仏像があるのが見えたとします。
あなたはそれを自分の目で確かめました。
でも隣の人は見ていません。
あなたが「仏像があるよ」と言っても、隣の人は「あなたが言うから信じる」だけです。
仏教では、この「自分の目で見た人」になることが大切だとされています。

人が何かを信じるのには五つのパターンがあると言われています。
生まれ育った環境だから信じる。
好きだから信じる。
誰かに言われたから信じる。
理屈に合っているから信じる。
自分の考えに合っているから信じる。
この五つです。

でもブッダは、このどれでもなく、「自分で実際にやってみて確かめなさい」と教えました。
仏教は「疑問を持つこと」を歓迎する教えです。
わからないことがあれば質問していい。
納得できなければ調べていい。
そうやって自分の心で確かめていくことこそ、仏教が大切にしている「信じる」のかたちなんです。

 

「自分でやってみる」は科学でも証明されている

実際に、「体験すること」の力は科学でも裏付けられています。

ハーバード大学の研究チームが行った実験では、8週間の瞑想プログラムに参加した人たちの脳をMRIで撮影したところ、記憶や感情のコントロールに関わる部分が変化していることがわかりました。
さらに、ストレスや不安に関わる部分の活動は小さくなっていたそうです。

つまり、「ただ話を聞いた」だけでなく、「自分で実際にやってみた」からこそ、脳にまで変化が起きたんです。

ブッダが2500年以上前に「自分で体験しなさい」と言っていたことが、現代の科学でも確かめられているのは面白いですよね。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

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